ふなむしのページ
先日TVでタイタニックの沈没事故を扱った番組が放映された性か、インターネットでタイタニックに関する記事を見る機会が増えました。
その一つが「操舵手が誤って舵を右にきったのが衝突の原因」とするものです。この説は航海士(生存者の一人)の孫の証言(2010年)が基になっています。事故が発生したのはこの航海士の当直終了後だったので、この航海士はその場(ブリッジ)にいたわけではありません。この説は、長い年月を経た過去の記憶の伝聞のさらに伝聞であり、信憑性は疑問です。
では何故操舵手は操舵を誤ったとしたのか?
操舵方法における直接法(Rudder Orders)と間接法(Tiller Orders)の違いが原因とされています。
映画タイタニックでは、氷山に衝突する直前に氷山を回避するため、航海士が「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の命令を掛けています。
「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の命令を掛けられた場合、直接法では操舵手は「右に舵を切る」のに、間接法では「左に舵を切る」ことになります。
当時は、同じ命令にも関わらず船により全く逆方向に舵を切るシステムになっていました。
イギリス船籍のタイタニックでは間接法が使われていたので、航海士の「Hard Starboard」の命令により舵を左に切るべきでした。しかし直接法で訓練を受けていた操舵手は緊急事態に直面して、咄嗟に舵を右に切ってしまったというものです。直後に航海士が舵を左に切り直しましたが、この間のタイムロスにより氷山を避けきれなかったというのがこの説です。
船では右舷側をスターボード・サイド、左舷側をポート・サイドと呼びます。
現代の船の舵板(Steering Board)は船尾の中央にありますが、昔は右舷舷側に付いていました。そのため右舷側をSteering Board
Sideと呼んでいたのが、訛ってStarboard Side(スターボード・サイド)になったとされています。船が港に着岸する際、右舷側についている舵板が邪魔になるので船の左舷側を岸壁に着けていました。そのため左舷側をPort
Side(ポート・サイド)と呼んでいます。
●直接法
舵板(Rudder)を動かす方向を指示します。
「Starboard(スターボード)」の命令では舵板を右に動かし船を右に曲げます。「Port(ポート)」の命令では舵板を左に動かし船を左に曲げます。舵板を動かす方向と船が曲げる方向は一致します。
●間接法
舵柄(Tiller)を動かす方向を指示します。
「Starboard(スターボード)」の命令では舵柄を右に動かし船を左に曲げます。「Port(ポート)」の命令では舵柄を左に動かし船を右に曲げます。舵柄を動かす方向と船が曲げる方向は反対方向になります。
航海士が「Starboard(スターボート)」の命令を掛けて操舵手が操舵すると、直接法では船は右に曲がり、間接法では船は左に曲がります。
間接法は船が小型で舵柄を人力で左右に動かしていた頃には理にかなっていましたが、船が大型化し舵輪をまわして舵を遠隔操作する時代になると、命令の向きと舵輪の操作方向(船の曲がる方向)が異なり混乱が生じるようになったため、直接法が使われるようになってきました。
タイタニックの事故当時(1912年4月14日)は国際的に間接法と直接法が混在していて、イギリス船は間接法を使用していました。
1928年に国際条約が施行され操船方法が統一されました。現在世界中の船で直接法が使われています。
映画「タイタニック」では操舵手の操舵ミスはなく、航海士の「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の命令を聞き、操舵手は舵輪を左に回しています。字幕は「面舵一杯」になっていました。「面舵一杯」は日本船の命令の掛け方です。
映画を観た時には既に間接法についての知識を持っていたので、「Hard Starboard(ハード・スターボード)」で舵輪を左に回すことに違和感を感じませんでした。がしかし、字幕の「面舵一杯」は正しいのか?の疑問が起こり、もう一度そのシーンを確かめてみたい思いになりました。
当時の映画館は自由席で入れ替え制ではないので何度でも同じ映画を連続して見られました。しかし上映時間194分の長編です。十分ドラマの感動を味わった後に2回目を観る気力は無く映画館を出ました。※途中休憩付と表記していましたが間違いだった様です訂正します。
後日パソコン通信Nifty Serveのフォーラムでこのシーンについて質問したところ、「字幕は間違っていた」と私と同じ意見の方が居て、見間違いでなかった事が確認できました。
字幕の「面舵一杯」が正しかったかどうか? 日本の「面舵/取舵」について記します。
面舵:方角を十二支(船首を子の方向)で表した場合、卯の方向(右)に舵をとることから、卯の舵(うのかじ)と呼ばれ、それが変化して面舵(おもかじ)と呼ばれるようになったとされています。
取舵:方角を十二支(船首を子の方向)で表した場合、酉の方向(左)に舵をとることから、酉舵(とりかじ)と呼ばれ、それが変化して取舵(とりかじ)になったとされています。
日本の和磁石には本針(ほんばり)と逆針(さかばり)の2種類があり、航海用には主に逆針が使われていたとのこと。本針は子から順番に右回りに十二支を振った磁石で、逆針は左回りに十二支を振った磁石です。
本針の磁石は磁針の方向が子の位置に来るように磁石を回転させて方向を読みます。一方逆針の磁石は、子の位置を常に船首方向に向けて固定設置し、磁針が指す十二支から船の進行方向を読み取る方法です。下の図は、船首が酉の方角(西)に向いている状態を示したものです。
「面舵、取舵」について調べてみると、日本では逆針の磁石を用いて間接法(舵柄を動かす方向で指示)で舵が取られていたようです。即ち、 舵柄を逆針の卯の方向(左)に動かす(面舵)と船は右に曲がり、舵柄を逆針の酉の方向(右)に動かす(取舵)と船は左に曲がると説明されています。
もしタイタニックが和船だったら、逆針を使い、間接法を使っていたので、以下の図の様になっていたことでしょう。船を左に曲げる場合は「取舵」です。
その後洋式のコンパスと直接法になっても日本では「面舵で船が右に曲がり、取舵が船が左に曲がる」ことでは変わりなかった様です。
日本で古くから使われて来た「面舵、取舵」ですが、今は海上自衛隊や海上保安庁などの限定された船舶のみで使われています。一般の商船では英語の(Starboard,Port)が使われています。
直接法に統一された後の出来事を題材にした映画なら「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の翻訳を「面舵一杯」するのは間違いではありません。
しかし1912年のイギリス船籍タイタニック号航海士の「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の命令に対して、「面舵一杯」とする字幕は誤りと判断できます。
字幕をチェックする船舶の専門家の監修が無かったのかもしれません。
映画「タイタニック」は劇場では1回観ただけです。しかしその後VHSビデオ、DVDを購入して自宅で何度も観ました。DVDでこのシーンを確認すると字幕や吹き替えの日本語音声は「左舵一杯」に変更されています。「左舵一杯」は誤解を生じない表現ですが、何となく味気ないです。
※2023年の3Dリマスター版の映画も「左舵一杯」です。
航海士が操舵手に操舵の指示をする場合、舵の角度を指示する場合(例:Port 10(左舵10度)) と、船が進むべき方角を指示する場合(例:Course
260)があります。
「Hard Starboard(ハード・スターボード)」は前者で、「Hard(ハード)」は舵を最大角度まで「一杯」に切ることを言います。最大舵角は船により異なりますが一般的に30度~35度くらいとのことです。
タイタニックの航海士は、操舵手に「Hard Starboard(ハード・スターボード)」の指示を出した後、エンジンテレグラフで機関室に対して「Full
Astern(全速後進)」の指示を出しています。
この時、機関を後進にせず、前進のままだったら氷山を回避できたのではないかとの意見もあります。機関を後進にしたことにより舵効きが悪くなったというのがその根拠です。
タイタニックの事故前2時間の平均速力は22.5ノットくらいだったとされています。その速度で「Hard Starboard(ハード・スターボード)」を掛けたら、遠心力で船は大きく傾いたものと思います。氷山を回避できたとしても船内やキャビンの備品が吹っ飛んだかもしれません。しかし、映画ではそんな光景はありません。舵の効きが悪かったのか、そこまで速度は出ていなかったのか、あるいは重くて背の低い当時の客船はあまり傾かないのか。
1999年にアラスカクルーズに乗船した時、夜中に大きな音がして目が覚めました。総トン数7万トンの船が大きく傾きテーブルからステンレスの水差しとガラスのグラスが落ちた音です。床の上には氷混ざりの水がぶちまけられていました。幸いグラスは割れませんでした。
インサイドルームだったので、照明代わりにTVを付けっぱなしにして「ブリッジからの映像」のチャンネルにしていました。TVに映る水平線は斜めになっていました。夏至の頃だったので夜中でも水平線が映っていました。
その後何事もなく航海を続けました。あの時何があったのかは不明です。
Wikipediaに「タイタニック号沈没事故」いうコンテンツ(https://ja.wikipedia.org/wiki/タイタニック号沈没事故)があって、事故内容が分かりやすく纏められています。しかし、氷山衝突前後の航海士の命令を日本語翻訳する時に間接法が考慮されていなくて、訳の分からないことになっています。
※普段からWikipediaを頻繁に使用していますが、全てが正確ではないことを頭の隅に置いておく必要があります。
「タイタニック号沈没事故」には衝突前後の氷山と船体の位置関係を示す図が掲載されています。船は航海士の意図に沿って曲がったけれど、命令が効力を発揮するまでの遅れにより、氷山を回避できなかったことが分かります。氷山発見がもう少し早かったら、船の速度がもっと遅かったら、事故は避けられたことでしょう。
現代の客船が氷山に衝突して沈没する可能性はあるか? との問いにほとんどの人が完全否定します。現代船にはレーダーが付いているから衝突しない。とか、ぶつかっても沈まない構造になっているから。というのが根拠になっています。
現在ではアメリカのコストガード等が北大西洋の氷山の位置を調査・分析したレポートを毎日発信しているので、この情報を基に船のコースを決定すれば安全です。
2018年5月20日に飛鳥Ⅱがタイタニックの沈没現場の近くを通過しました。以下の図はその時に受信した氷山分析レポートです。
この時飛鳥Ⅱはアイルランドのダブリンからカナダのハリファックスに向けて大西洋を横断していました。最短距離の直行ルートを航行すると氷山限界に掛かるため、一旦南下しその後北上して氷山を避けました。氷山限界は日々移動しているので充分余裕を取ったコースでした。
タイタニック号事故を起こしたのは4月、飛鳥Ⅱが沈没現場近くを通過したのは5月ですが、タイタニック号は飛鳥Ⅱの航行位置より南に80マイル(150Km)も離れた地点で事故を起こしています。事故のあった1912年は稀にみる暖冬で、海氷原から剥がれて通常より南に流された氷山が多く、タイタニック号はこの氷山に衝突したとのこと。
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飛鳥Ⅱが受信した 氷山分析レポート |
タイタニックの事故は北大西洋のことですが、南極の海にも沢山の氷山が浮かんでいます。今や南極クルーズは人気の海域で、毎シーズン多くのクルーズ客船が南極クルーズを実施し、その数は急拡大しています。
南極でも氷山と衝突する危険性があります。氷山を間近に観るのも南極クルーズの醍醐味の一つです。乗船客に氷山を見せるため、危険を冒してぎりぎりまで氷山に近づけようとするかもしれません。
クルーズ船が沢山行き交えば、クルーズ船同士の衝突の危険性も増します。高性能のレーダーやAISを搭載していたとしても、氷山の浮かぶ海で相手船が予測不能な行動を取るかもしれません。
また、コスタ・コンコルディア号の事故(2012年地中海で発生 死者32名)の事例からも、現代のクルーズ客船が不沈でないことは明らかです。
新型コロナの問題がなければ、今頃私は南極クルーズを満喫していたはずでした。機会があれば再チャレンジしたいと思っています。第二のタイタニック号を生まないように、安全運航を期待します。
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