オーシャンパール香港クルーズ
1989/8/9〜8/16

(2005/07作成)


オーシャンパール
(パールクルーズ・オブ・スカンジナビア社)
総トン数 12,475
全長177m、定員 740人

1989年夏、日本旅行がクルーズ客船オーシャンパールをチャーターして、日本と中国を数往復するクルーズを企画しました。まだまだ中国旅行の料金が高かった当時、片道がクルーズ、片道は飛行機のツアーは多くの予約が集まっていたようです。日本旅行の各支店でも大きなポスターが目立つ場所に張られて、会社あげての一大プロジェクトであったことが窺えました。しかし運悪く、1989年6月天安門事件が発生し、大幅な計画変更が余儀なくされました。

出発日が直前に迫っていた前半のツアーはキャンセルされ、夏休みのツアーは目的地が香港に変更されて催行されました。私は、横浜から香港までオーシャンパールに乗船し、香港で2泊後、飛行機で成田に帰るツアーに参加しました。インサイドシングルルームの料金が、寄港地での観光、香港での食事込みで約30万円とリーズナブルでした。残念ながら、目的地の変更で多くの方がキャンセルしてちょっと寂しい乗客数でしたが、その分ゆったりとしたクルーズを満喫することができました。

入港 出港
8/09 24:00 横浜
8/10 終日航海(太平洋)
8/11 終日航海(瀬戸内海)
8/12 終日航海(東シナ海)
8/13 07:00 8/13 13:30 那覇
8/14 09:00 8/14 24:00 基隆(台湾)
8/15 終日航海(台湾海峡)
8/16 08:00 香港

横浜起点ですが、那覇までは国内航路で、出国スタンプは那覇です。昼間の瀬戸内海の航海を十分に楽しむことができましたが、逆に沖縄は僅か半日の慌しい滞在になりました。 航海中、べた凪と言って良いほどの、穏やかな海でした。太陽はサンサンと照りつけ、暑い海でした。別の航海では台風の影響で大揺れだったとかで、乗船客にとっては、天候の差がこのチャータークルーズの印象を大きく変えたかもしれません。


船内新聞(PDF)


■横浜出港(8/9)

クルーズ専門誌「クルーズ」と「ビアージェ」の2誌が同時に創刊されました。大さん橋の売店で創刊号2冊を購入して乗船しました。

夕食を食べ、シアターで映画を見終わった頃、横浜出港となりました。

横浜港のオーシャンパール フェリーからの改造船のため
復原力増加のためか?
船尾に大きなバルジがある

太平洋上でクレイ射撃をしました。日本の領海外だったのでしょうか? でもまだ出国していません。

■那覇入港(8/13)

那覇港は、朝入港して昼過ぎには出港する日程で、慌ただしい観光となりました。

首里城、ひめゆりの塔、玉泉洞を観光しました。

那覇入港 (ごーるでんおきなわ) 那覇入港 (サンシャインふじ)
首里城 ひめゆりの塔

■基隆入港(8/14)

私にとって初海外が基隆となりました。一般の方には馴染みがない街かもしれませんが、子供の頃から良く見てきた名前です。


基隆港
中正記念堂
故宮博物院

■香港入港(8/16)

香港ではホテルに2泊して飛行機で成田に戻りました。オーシャンパールは香港から別のお客さんを載せて日本に戻りました。

香港入港 バグパイプ演奏によるお出迎え

ビクトリアピークから レパルスベイ
タイガーバームガーデン

九龍半島と香港島を結ぶフェリーに乗船しました。


日帰りでマカオに行きました。往きはジェットフォイルでした。


■デッキプラン

デッキプラン(PDF)

■オーシャンパールの食事

レストランのサービスは、子供の頃から思い描いていた客船の食事そのままでした。

バラエティー富んだ食事だったが
何故かスープは超うす味

今夜の食事の紹介 テーブル横でデザートの調理
クレープドシュゼット?

毎夜供される夜食は種類が豊富でした。特に華やかなガラビュッフェには感激しました。

ガラビュッフェ

■オーシャンパールのパブリックスペース

毎夜行われるショー 最近のメガシップのショーと比べると派手さはないが
毎晩出し物が変わるショーは楽しかった

ショーが開催されたマルコポーロラウンジ
低い天井の圧迫感を防ぐため、天井は鏡を多用
ビュフェスタイルレストランのラッフルズカフェ
夜はカラオケをしながら多彩な夜食が食べられる

東洋を意識した装飾が多い船内 今回のチャータ以外の時には、
アメリカ人をターゲットにした中国クルーズに就いていた

女性の人気が高かった屋内プール 穏やかな東シナ海 プールの水温は急上昇

船尾のバー下のデッキでは、
バーベキューやハンバーガーが食べられる
暑い日は、日陰で寝そべるのが一番

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