金婚式は新さくら丸で  

牧野愛子


 航海クラブ会員の瓜生さんご夫妻が、金婚式をお祝いして新さくら丸をチャーターし、親交のある人々と2泊3日のノンストップクルージングを楽しまれるとのことで、私も会員の端くれとして招待状をいただいた。私はご夫妻と日頃親しくお付き合いがあるわけではなく、たまたま同じ船好き集団に属しているに過ぎないのに「金婚式を祝う会」事務局から招待状をいただいたのだから、乗船したらボランティアで、この幸運なお誘いに対してお礼の気持ちを表すしかないだろう。事務局の雑用、イベントのお手伝い、コンパニオン等々、当然のことながら若い人の参加が少ないと言われているこのクルーズに、“若手”として参加して盛り上げるのが私の役目と心得た。
 そんな思い入れもあり、6月21日14時東京晴海埠頭出航の新さくら丸に、朝10時乗り込んだ。

 出航までの4時間、受付のお膳立てから本番まで、航海クラブ会員や有志は忙殺された。バスが着く、人がドッと来る、受付係が緊張する総会の時もそうだがいつもテンテコ舞いなのだ。
 それでもどうやら落ち着いた頃、交代で昼食に行った。商船三井客船伝統のカレーライスとローストビーフ、サラダだった。4人がけテーブルで賞品稼ぎで有名な登代子さんとおしゃべりしていると、相崎社長がいらっしゃった。「いやー忙しいときはカレーに限りますなあ」とおっしやる。
社長がコックさんになってギャレーの大鍋のカレーをかき混ぜている姿を思い浮かべてみたが、似合いそうだ。おっとりとまろやかな、女心をくすぐる素敵なカレーができるに違いない。

 新さくら丸には昨年8月、横浜から長崎まで乗船して以来の再会である。設備の良い美しい客船が次々誕生した今でも、私は新さくら丸が大好きだ。昔、初めての船旅の時乗船した「さくら丸」の後を継いで就航した元見本市船であるし、11年前に客船に改装されてからは何度もショートクルーズに参加しているので親しみがある。また、スタビライザーが付いていない為正しいローリングをしてくれるので「キャー、なつかしいこの揺れ方!ステキ!」となる。揺れ方が不整脈みたいな新しい船は、どうもストレスがたまりやすい。そしてデッキのいたる所にペンキの厚化粧で彼女の年令をひたすら隠している部分を見つけ、若い娘にはない熟女の暖かい魅力を感じてしまうのは、私が40代だからだろうか。しかし古い家を増改築した時のような不自由さも目立つ。イベントや展示用に体育館のような「さくらプラザ」ができたが、目の前に見えているその場所にどうやって行けば良いのかわからないのである。

 朝食の余韻をまだ残しながら、もう昼食の仕度にかかっている食堂を突っ切り、さくらプラザに到着した。私以外の若手会員が寝ないで準備した、ホースレースが始まるからだ。三刀谷さんの司会で、私は突撃レポーターとして活躍することになっていたが、三刀谷さんがその巨体でニコニコ登場するだけで皆大喜びだし、馬も騎手もよくしやべるので、突撃レポーターはクビになった。そして段ポール箱で作った大きなサイコロが宙に舞うたぴ、会場は興奮のルツポと化し、あの登代子さんはご主人とペアで賞品を稼ぎまくっていた。
 結局私は大きな出走表を書いただけだったが、それでも終わればゴミとなる。ホースレースが終わると、床にシッカリ貼りつけたガムテープを必死ではがす。高校時代の文化祭を思い出してしまった。
 事務局を取り仕切っている宮崎君に変わり、時々カウンターに座ることがあった。「女性が座っている方がいいね」と用もないのに世間話をしていってくれるのは年上のオジサマたちだ。「御苦労様ネ」と声を掛けてくれるオネエサマもいる。いつの間にか街からタバコ屋の看板娘が消えた今、私はニコニコと事務局案内係役に徹した。

 2日目の昼食は駿河湾でのデッキランチとなった。あいにく雲が多く、富士山は頂上付近だけがかすかに見えるだけだ。サッと数えただけで18種類ものお料理が私に微笑みかけるので、ムール貝のマリネだけにうつつをぬかしているわけにもいかない。サラダを取りに行ったつもりが、鰻重まで連れ帰りおしゃべりしてまた何か取りに行く。もう指先までお腹一杯になった頃、美保の松原に接近した。双眼鏡を覗くと「灯台下焼肉センター」の看板が目についた。これでは天女も降りてこないだろう、と嘆いていると「天女がいるよ、ホラ、あそこ」とフネスキー氏が叫ぶ。なんと下のデッキのベンチにショッキングピンクのシャツに黒いスパッツ姿の女性が、ビールを飲み過きたのか大の字になってひっくり返っていた。

 この金婚式を祝うクルーズに参加したのは航海クラフ会員が100名、あとの100人は瓜生さんのご親族やお知り合いということになる。私も夫と共にあと30年元気でいられ、また経済的に余裕があれば瓜生さんのように船をチャーターし、船の仲間や古い友人たちと楽しい数日を過ごしたいと思い、夫に相談してみた。「ああ、いいいよ。金鯱ならチャーターしてあげるよ」とのことだ。私の夢は吹き飛んだが、たとえ金鯱号でもチャーターできる程30年後に2人共健康なら喜ぶべきだろう。その時は読者の皆さんも招待しよう。


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